理解

娘は、昨日から2学期が始まった。
薬の副作用もあるだろうけれど、朝がとても辛そうだ。
意識がないような日もあるので、それが心配。
それでも昨日は20分遅れでなんとか登校し、昼過ぎに帰宅した。
午後は娘と病院に行く。
2週間おきに打っていた点滴を、注射に変えてみようと言われる。
「それは○○注射ですか?」と質問してみる。
一瞬主治医が面食らうような表情になった。
わたしは、こういうことを言うので母が闘病中だった頃の病院では母が
「お嬢さんは、医学に携わっている方ですか?」と云われたりしたそうだけど
にわか知識は、医師を緊張させようという企み(笑)。
いや、娘の場合「色々な薬を試す」というものだから、本などのあらゆる情報網から
自然に薬の名称と効能が頭に入っていたらしい。
YOGAのサンスクリット語はなかなか頭に入らないっていうのに・・・。

主治医は、わたしと同じくらいの年代。
医院は、とても新しくて手書きのカルテなど使っていない。
わたしがパートをしている整形外科がいかにアナログなのかがわかった(笑)。
アナログのままじゃないと、わたしの仕事もなくなっちゃうから、
そのままでお願いしたいもんだけど。

心療内科というと、もう少し問診に時間をかけるのかと思ったらそうでもなく、
パート先の整形外科医の方がもう少し時間をかけていることもわかった。
まぁ、これも医師によって様々なんだろうけど。
ともかく、この主治医は英語が堪能らしい。
この線維筋痛症は、とくにアメリカで研究が盛んなので
英語を億劫だと感じる医師が多く、それで日本は認知が遅いという状況もあるとか。
しかしその裏には「病」という枠にいれようとしない、動きもあるらしいけれどね。

英語より、ハイテクな院内より、やっぱり「こころ」が欲しいと思いつつ病院を後にし
そろそろ誕生日の娘に、プレゼントを買ってあげた。
疲れた顔の娘から
「ありがとう。」と言われて、涙腺が思わず緩みそうになってしまったため
「これで最後かなー、後はもうあなたが”稼げる”んだから。」
なんて、憎まれ口を叩いてしまった。
「あぁ、そうかー。」
と笑う娘を見ながら「どうか、働くことができるように回復して欲しい」と思ってしまう。
先のことは考えないようにしてたのに、なかなかそうはいかないな。

夜になると、娘の担任から電話をいただく。
卒業までの単位のことや、通学途中の娘が急に痛み出して身体が動かなくなることもあるので
「お嬢さんさえよろしければ、携帯の番号を教えていただければと思ってます。」と。
それから、薬の副作用でひどい眠気があることで、クラスメートから奇異な目で見られることを
娘がこぼしていたこともあって、
「クラスメートに伝えたくないご意向でしたら伏せていきますが、どうされますか?」
という問いかけに、読み込んだ闘病ブログや娘と話したことをまとめて
「同情はされたくないが、理解はして欲しいという気持はあるようなので、
娘と話していただけますか?わたしからはとくにないです。」とお願いした。
担任の先生に理解してもらっている空気を感じて、わたしは穏やかな気持ちになる。
国語担当の担任のこの先生は、生徒からとても人気が高いらしい。
以前、先生が
「わたしは、まず生徒の表情を見ることをこころがけています。
ちょっと調子が悪そうだと思った生徒には声をかけています。」
と最初に言っていたのが心に残っている。
だって、こういう”人間らしいこと”を言う先生初めてだったんだもの。
けれどわたしの周りの父兄は「頼りない」と言う人も多い。。。

そんな担任から、娘は
「1学期よりも、顔が少しスッキリしたね。」と言われたそうだ。
わたしもそう思うし、この言葉は嬉しかった。
ただ、本人はなんら改善されていない痛みがまだあるわけだけど・・・。

今朝、起きるのがしんどい娘を何とか送り出した。
「朝はやっぱり辛いなぁ。でも、がんばる。後少しだし。」
と言う娘に何も言えなかった。
今まで「がんばれ」と言ったことはないものの、こころから”応援”したことがあっただろうか?
親として普通に、また過剰に心配はしても、、、ね。

「理解」という言葉を簡単に使っていたけれど、
その奥の深さに、わたしはまだまだだなーと思った。
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by normalin | 2010-09-02 10:54
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