one by one

今まで、平然とこなしてきたような日常がここへきてかなりしんどくて
毎日、どうしたら「楽」になれるんだろう、、、
なんてすっかり弱気になっている状態。
けれど、こういう気持ちになると様々な「言葉」が浸透してくるのも事実。
だから、どんなに瞼が重くなっても、必ずこれを読んでいる。

不滅の意識―ラマナ・マハルシとの会話

ポール ブラントン / ナチュラルスピリット



これは対話形式で書かれていて、毎日やっと2~3の質問への答えを読んでいるから
なかなか進まないものの、すでに数十冊の書物を読んでいるような気がするし
今まで読んできた書物が、、、
いや、探し求めてきた「言葉」が、網羅されているようでもある。

若い頃は特に、誰かと急速に親密になればなるほど
必ず、恐怖が付きまとっていた。
本当は一人旅は好きではなかったのだろうけど
逆に一人になることで、その恐怖から逃れることができるかもしれないと
わたしは一人で旅に出た。と思う。
海外であれば、余分な「言葉」など耳にしなくていいと思ったし。
確かに余分な言葉どころか、それ以前の問題であったので
結果、頭の中で過剰な「言葉」が駆け巡ることになってしまったのだけど。
それを何かに書きつければよかったのかもしれないが
その当時のわたしは、アウトプットをそれほど重要だとは思っていなかったのだ。
だから「言葉」の流れは滞ったまま、過剰な「言葉」を身体の片隅に残したまま
いわば、無視をし続けて時が流れた。

無視をし続けていることで、オトナになれたような気がした。
気がした。。。
とは、今現在のわたしの感想。
少し前まで、わたしはオトナなのだと思いこんでいた。
無視は、少しだけ”楽”な気持ちを運んでもきたから
このまま静かに過ぎてゆくのが人生なのだろうと思っていた。
半ば、強制的な静けさの。

けれど、無視の代償は大きかった。
身体にも支障をきたしたし、若い頃よりも数十倍の疑問が沸き起こった。
疑問とは「わたしは何故ココにいるのか?」というものだ。
オトナがこんなことを言えば
「バカじゃないの?」となる疑問。

しかし、わたしはあの一人旅の当時
その疑問に容易く答えていたはずだ。
「生きるため」と。

けれど、今は少し違う。
「この世を去るため」と思うから。
いや、どちらかというとその方に重きがあるような気がする。

今まで確信していたことが、覆されようとするときは
きっと不安定な状態になるものなのだと思う。
YOGAでバランスをとるはずが、実は今こうした気持にもなっている。
膿を出している状態とも思うけれど、そんなものではなく
まるで、身体と脳がバラバラになっているような感覚だ。
けれど、そのおかげで「隙間」ができつつあるかもしれない。
そこに「言葉」が沁みこんでいっているのだとしたら
これはしめたもんだと思う。

ところで、先週土曜日、昨年12月にYOGA学校を卒業した仲間との新年会があった。
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卒業記念に頂いた、卒業演習が録画されているDVDをかけ
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

オリジナルTシャツを作ることになったのだが、それを決めたり
また、チームの名前を決めたりもした。
チームの名前は投票の結果、わたしの案に決まったのだが、
この数日、わたしはずっと「言葉」を考え続けていた。
書物からではない「言葉」について。
とても楽しかった。

チーム名は"one by one"
ひとりひとり。ひとつひとつ。。。という意味だ。

仲間は、一緒にいて楽しい。
親密になった人と、時間を共有することはこの上ないほど嬉しい。
しかし、私たちは必ず「ひとり」になる。
ひとり+ひとりが、融合して化学変化をするようなものだと考えれば
親密になることへの恐怖なんてなくなるだろう。
だから、やっぱりあえて「ひとり」になりたいと思う。

恐怖から逃げるために「ひとり」になるのではなくて
今、この近くにいる人のため、
大好きな人のために。
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by normalin | 2011-02-07 16:02 | YOGA
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