カテゴリ:YOGA( 15 )

孔雀

孔雀が羽を広げた姿を見たのは、小学校低学年くらいだったかな。
一緒にいた祖母が「なかなか見れないのよ」と
目を輝かせて、興奮していたのを思い出す。
でも、たぶん羽を半分しか広げてなかったと思う。。。
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タイに住んでいた頃、サファリのような動物園に行き
道路脇にいた、ほとんど全ての孔雀が羽を全開に広げていて、
最初は興奮したものの、何十羽も見るとさすがに飽きてしまった。
私たちの興奮気味な様子をニヤニヤしながら見ていたドライバーは
「暑いからね。」と。
雌への愛の表現だとか、そういうロマンチックな想いが暑さとともに一気にしおれたっけ。

最近、アーサナをする時間があまり取れなくなった。
ものすごい疲労感と、気持ちの揺れ動きが激しいからだ。
けれど、YOGAはアーサナをすることだけが目的ではない。
毎日、毎日、本当に様々な気持ちと向き合うことになった今は、
「言葉」の”意味”がより深く身にしみてゆく。
生きることがこんなに苦しいと思ったのも、初めてかもしれない。

ひとつだけ、必ずしているアーサナがある。
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                       孔雀のポーズ
                      ピンチャ・マユーラ・アーサナ

これを練習し始めて、4ヶ月くらい。
最初はもちろん全くできるわけがなく、それでもわたしは
こうした逆転のポーズが大好きなので、毎日これを組み込んでいた。
足がふっと上がってから、このポーズの虜になってしまった。
けれど、不思議なもので「できた」と思った翌日はうまくいかないことが多い。
ここがYOGAの面白いところなんだけど。

気持ちが動揺している時に、何も考えずこのポーズを取ると
身体が浮いているような感覚になる。
長くは続かないものの、一瞬で詰まっていたものがすっと通るような感じ。
ほんのわずかな時間なのに、汗が噴出してくる。
気持ちが揺らいでいるときほど、その効果が伝わってくる。

YOGAでは「意識」することが大切なのだけど、
このポーズをした後に「意識」が戻ってくる(笑)。
それだけ今のわたしは、意識がとっちらかっているのかもしれないと思ったけど。

古代インドで、孔雀は「毒に強い鳥」として珍重されてきたとか。
アーサナはひとつひとつに”意味”がある。
孔雀のポーズは、毒を排除してくれているのかもしれないと、ちらりと思った。
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by normalin | 2010-09-03 11:48 | YOGA

気晴らし

近頃、わたしは「気晴らし」というものができません。
何をしていても、虚ろなのかといえば、そうでもなくて
むしろ、いろんなことが現実味を帯びてます。
そんなこと、改まって言うの馬鹿げてますけど。

昨日、入会した線維筋痛症友の会から様々な活動の記録と
病について簡単に書かれた冊子が届きました。
娘には言ってなかったのですが、娘の名前で登録してしまったので
娘が先に封を開けてしまい、顔を曇らせてました。
顔が曇るのもわかります。
ほんと、こんな現実から顔を背けたいです。

娘とザッとそれらを眺めました。
こういうの、真剣には読まないつもりでしたから。
いや、なんというか、そういう態度でいるほうがいいと思っていて。。。
この娘の病の場合は、とくにいろんな解釈が必要なんだと考えてますし。
まぁ、わたしの粗雑な性格が、こんなことで役立つとは思わなかったです。
大抵「きちんとしたお母さん」と思われてますし。
どうして人がそう思うのかわからないですが、
肝が座ってるということは小さい頃からよく言われてました。
こういうのも、生まれつきなんでしょうね。

娘は今、自分はこんな気性だからこんな病になってしまったと
否定的な想いで一杯です。
こんな風に自分を責めてしまうことも、娘ならではの気質みたい。
もうずーーーっとそんな気性の激しい娘に「そんなことないよ。」と言い続けてましたが
こういう親の発言って力ないなーと思います。。。
前回、娘のこのことについて「個性」と書いたのもそんな気持ちからだったのだけど。。。
ほんとは、親なんて微力なんでしょうね。
と、そう思ったら、もう、しょうがないじゃんという気持ちです。
生きるってそんなことの繰り返しなんですかね。
いえ、決して暗くなっているわけじゃないんです。
もう、そのままを「ただ見る」という意味でね。
後先のことは考えないという意味でね。

その病の小冊子に「改善の仕方」というような項目があって
「気晴らしをしましょう」
なんてのがあったんです。
娘と同時に
「それがうまく出来ないから、こういうことになってるんじゃないねぇ~」と笑いました。

そうそう、世の中いろんなことを言う人がいて、
それで助かったり、傷ついたり。。。
だけど、自分のことは自分にしかわからないんですよね。
娘の「痛み」もわたしにはわからない。
娘だって、わたしの気持ちはわからない。
でも「受け止める」ことができれば、それでいいんだと思います。
それをあえて何かのカタチやコトバにしなくても。
持続しなくても、一瞬でも。

ほんとは、わたしがずっと「してもらいたかったこと」なのかもしれないです。

いろんな気晴らしをしてきましたが、近頃やっと気晴らしをすることにウンザリしてきました。
娘は、わたしよりも「気晴らし」の意味を理解しているかもしれないなぁ。

毎日しているYOGAは、気晴らしにはなりません。
わたしにとって「祈り」のような時間です。
無宗教ですが。。。
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by normalin | 2010-08-24 15:56 | YOGA

解剖学

お盆休みの頃、2日間(9時から18時まで)の解剖学の講義を受けてきました。
講師は中村尚人先生という、理学療法士でもある方で、
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今までのわたしからは想像できないような集中が続くくらい、楽しかったです。
何が楽しかったのか?
きっと自分の、そして個性豊かな、よそ様の身体の見方が変わったということでしょうか。

もともと、わたしは’外見’というものにあまり興味がわかず、
好きになった人がタイプという人間だったので、もう他の人はどうでもいいやなんて
まさにアバタもエクボ的なところがありました。
が、その2日間で一緒に学んでいた30数名の方々の’骨格’を触れまくり
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なんとまぁ、様々な骨格があるのだろうと、あれからすっかり’外見’を見ることが楽しくなりました。

解剖学といえば、理数系。
わたしから、一番遠い学問であったような気がしていましたが、
自分がこの年になってこういう場所で学んでいることすら不思議。
けれど学べば学ぶほど、YOGAは科学なんだなぁと感心したりして
今、巷で目にするあの美しいモデルさんのあの美しいポーズや
その美しいライフスタイルを想像させる「あのYOGA」は、やっぱりちょっと違うなぁと・・・
いや、違うというより、あれはあれでYOGAという名前を借りた美容体操という気がしてます。
まぁ、それも時代の流れなのかもしれないですが。アメリカの影響ってやっぱりスゴイ。

体操じゃないんですよね。
だから、ポーズ(アーサナ)を「似せる」技術にばかり、まい進してしまうことこそ
身体を壊す危険を孕んでいるし、YOGAの意味でもある「繋がる」ことから
どんどん逸れていってしまうのだろうと・・・
と、こんなことを書いているわたしは、無理をするのが得意な人間なので
これは自分に言い聞かせているつもりですが(苦笑)。

骨格、筋力に合ったアーサナを自分で見つけていくこと、これはほんとに奥が深いです。
真似ることは簡単だものね。無理すればいいのだし。

それにしても一番、よくわかっていなかったのは自分の骨格でした。
でも、この講義を終えたら、ちょっとだけ自分のカラダがわかって
練習が俄然違うものに変化しました。
そしたら、不思議なことに他人の’外見’に興味が沸いてきたんですよね。
もちろん、それは骨格なんだけど(笑)。

つけたしますが、娘の骨格が酷く崩れていることもよーくわかりました。
何で崩れたのかも、、、
それは、また後日。

しかし、こんなに勉強が役に立ったと思ったことは、今まで経験なかったです。。。
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by normalin | 2010-08-23 16:11 | YOGA

今日、職場で嫌なことがありました。
きっとずっと前から、見ないようにしていたことなのですが・・・。

陰で、いない人のことを悪く言うことほど嫌いなことはないんです。
こんな風に言うと善人みたいですけど、
わたしは、小学校の頃、長らく「仲間はずれ」というものにされていたことがあって
それ以来、陰口というものを忌み嫌っています。
もちろん、時々人のことを批判してみたりもしますし、
”批判する人”に共感してしまったりもします。
そうすると、人って「接近」するんですよね。
誰かのことを”おとしめる”と、徒党を組むような連帯感も生まれるんですよね。
けれど、度が過ぎれば、それはやっぱり気分のいいもんじゃないです。

そう思うわたしは、やはりちょっとやりにくいタイプのようで
結局、小学生の時のように「仲間ハズレ」のような状態になるんです。

辛いし、悲しいです。
どうして自分は、いつもこうなるんだろう?と思います。
何も悪いことはしていないつもりだけど、自分が気付いていないだけなんじゃないかとか。
そしてうまく”立ち回れない”自分のことがキライになります。。。

でも、もうキライにはなりませんでした。
それだけでも、今までの思考回路とはずい分違います。
”相手”の人への憎しみも和らいできました。
”感情”は一過性のものなのだから。。。と。

もちろん、落ち込んでます。
けれど、無理矢理元気を出そうとも思いません。

突然ですが、今日、鈴を買いました。
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自転車の鍵に付けるものです。
鈴があれば、鍵の”存在”がよくわかるので助かります。

YOGAをした後、風呂に入りながらこんな話を思い出しました。
インドではカースト制度というものが古くからありますが、
その一番下、最低の場所にいる人々は、その上の人々から
「見ることさえ汚れる」とされていて、足に鈴を着けることを強要されていたそうです。
何でだかわかりますか?
その人々が来るのが鈴の音でわかるからです。
鈴の音が近づいてくると一斉に家のドアを閉め、その姿を見ないようにしていたのだそうです。

この話を聞いたとき、あまりの酷さに苦しくなりましたが
実は私たちの周りには、程度の差こそあれ、同じような感覚はあるのだと思います。
人間の弱さ、なのかもしれません。

強くなりたい と思いながらYOGAを学んでいますが
自分の弱さばかりにため息をついています。
まずは弱さを知ることから始めないといけないのかもしれません。
強さはきっと目に見えないし、実感できないものでしょうから・・・
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by normalin | 2010-07-14 21:58 | YOGA

ヨガ・アライアンス

人生、何が起こるかわからないもんです。

わたしは、昔から現実逃避をするクセを持っていたのか、
それとも静寂が好きなのか、とにかくジッとしていることが平気な子どもだったのだけど
外に出ればもう、死んでもいいやと思うほど激しく身体を動かして遊びまくる。
でも、実はどちらも快感を追い求めていたんだろうとも思う。

で、何が起こるかわからないかというと、
人生も後半に突入してから、インストラクターというものを勉強しています。
それもYOGA。

           
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きっと昔のわたしには想像もできなかった姿でしょうが。
いや、どうかな?
高校生の頃、座禅を組んでみたいと思ったり、世界平和を本気で考えてたり
学生の頃は、能の舞台、、、というよりその書物に興味を持ったりしたから
意外と自然な成り行きではあったのかもしれないな。
そしてYOGAはおおまかに言って「快感」を求めているわけで。
あぁ、おおまか過ぎてなんか怒られそうですが(苦笑)。
ただし、とても”現実的な~”と補足しときます。

さて、Under The Lightという学校で、すでに半年学びましたが、
いよいよ最終レベルが、この秋から始まります。
全米ヨガアライアンスという資格がどうかとか、そういうことはよくわからないのですが
この学校は、様々な流派(?)のヨガが学べて、実に楽しい。

贅沢だよなーと思いますが、20代前半から家計とにらめっこの日々を送っていた
わたしの人生かけての楽しみ。。。



楽しみ。。。




というより、ほんとのところ不安でイッパイです。

どうか、元気に学校へ通えますように・・・
あ、もう七夕終わっちゃったか。
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by normalin | 2010-07-08 18:00 | YOGA