<   2010年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

気晴らし

近頃、わたしは「気晴らし」というものができません。
何をしていても、虚ろなのかといえば、そうでもなくて
むしろ、いろんなことが現実味を帯びてます。
そんなこと、改まって言うの馬鹿げてますけど。

昨日、入会した線維筋痛症友の会から様々な活動の記録と
病について簡単に書かれた冊子が届きました。
娘には言ってなかったのですが、娘の名前で登録してしまったので
娘が先に封を開けてしまい、顔を曇らせてました。
顔が曇るのもわかります。
ほんと、こんな現実から顔を背けたいです。

娘とザッとそれらを眺めました。
こういうの、真剣には読まないつもりでしたから。
いや、なんというか、そういう態度でいるほうがいいと思っていて。。。
この娘の病の場合は、とくにいろんな解釈が必要なんだと考えてますし。
まぁ、わたしの粗雑な性格が、こんなことで役立つとは思わなかったです。
大抵「きちんとしたお母さん」と思われてますし。
どうして人がそう思うのかわからないですが、
肝が座ってるということは小さい頃からよく言われてました。
こういうのも、生まれつきなんでしょうね。

娘は今、自分はこんな気性だからこんな病になってしまったと
否定的な想いで一杯です。
こんな風に自分を責めてしまうことも、娘ならではの気質みたい。
もうずーーーっとそんな気性の激しい娘に「そんなことないよ。」と言い続けてましたが
こういう親の発言って力ないなーと思います。。。
前回、娘のこのことについて「個性」と書いたのもそんな気持ちからだったのだけど。。。
ほんとは、親なんて微力なんでしょうね。
と、そう思ったら、もう、しょうがないじゃんという気持ちです。
生きるってそんなことの繰り返しなんですかね。
いえ、決して暗くなっているわけじゃないんです。
もう、そのままを「ただ見る」という意味でね。
後先のことは考えないという意味でね。

その病の小冊子に「改善の仕方」というような項目があって
「気晴らしをしましょう」
なんてのがあったんです。
娘と同時に
「それがうまく出来ないから、こういうことになってるんじゃないねぇ~」と笑いました。

そうそう、世の中いろんなことを言う人がいて、
それで助かったり、傷ついたり。。。
だけど、自分のことは自分にしかわからないんですよね。
娘の「痛み」もわたしにはわからない。
娘だって、わたしの気持ちはわからない。
でも「受け止める」ことができれば、それでいいんだと思います。
それをあえて何かのカタチやコトバにしなくても。
持続しなくても、一瞬でも。

ほんとは、わたしがずっと「してもらいたかったこと」なのかもしれないです。

いろんな気晴らしをしてきましたが、近頃やっと気晴らしをすることにウンザリしてきました。
娘は、わたしよりも「気晴らし」の意味を理解しているかもしれないなぁ。

毎日しているYOGAは、気晴らしにはなりません。
わたしにとって「祈り」のような時間です。
無宗教ですが。。。
[PR]
by normalin | 2010-08-24 15:56 | YOGA

解剖学

お盆休みの頃、2日間(9時から18時まで)の解剖学の講義を受けてきました。
講師は中村尚人先生という、理学療法士でもある方で、
e0150495_15402413.jpg

今までのわたしからは想像できないような集中が続くくらい、楽しかったです。
何が楽しかったのか?
きっと自分の、そして個性豊かな、よそ様の身体の見方が変わったということでしょうか。

もともと、わたしは’外見’というものにあまり興味がわかず、
好きになった人がタイプという人間だったので、もう他の人はどうでもいいやなんて
まさにアバタもエクボ的なところがありました。
が、その2日間で一緒に学んでいた30数名の方々の’骨格’を触れまくり
e0150495_15404247.jpg

なんとまぁ、様々な骨格があるのだろうと、あれからすっかり’外見’を見ることが楽しくなりました。

解剖学といえば、理数系。
わたしから、一番遠い学問であったような気がしていましたが、
自分がこの年になってこういう場所で学んでいることすら不思議。
けれど学べば学ぶほど、YOGAは科学なんだなぁと感心したりして
今、巷で目にするあの美しいモデルさんのあの美しいポーズや
その美しいライフスタイルを想像させる「あのYOGA」は、やっぱりちょっと違うなぁと・・・
いや、違うというより、あれはあれでYOGAという名前を借りた美容体操という気がしてます。
まぁ、それも時代の流れなのかもしれないですが。アメリカの影響ってやっぱりスゴイ。

体操じゃないんですよね。
だから、ポーズ(アーサナ)を「似せる」技術にばかり、まい進してしまうことこそ
身体を壊す危険を孕んでいるし、YOGAの意味でもある「繋がる」ことから
どんどん逸れていってしまうのだろうと・・・
と、こんなことを書いているわたしは、無理をするのが得意な人間なので
これは自分に言い聞かせているつもりですが(苦笑)。

骨格、筋力に合ったアーサナを自分で見つけていくこと、これはほんとに奥が深いです。
真似ることは簡単だものね。無理すればいいのだし。

それにしても一番、よくわかっていなかったのは自分の骨格でした。
でも、この講義を終えたら、ちょっとだけ自分のカラダがわかって
練習が俄然違うものに変化しました。
そしたら、不思議なことに他人の’外見’に興味が沸いてきたんですよね。
もちろん、それは骨格なんだけど(笑)。

つけたしますが、娘の骨格が酷く崩れていることもよーくわかりました。
何で崩れたのかも、、、
それは、また後日。

しかし、こんなに勉強が役に立ったと思ったことは、今まで経験なかったです。。。
[PR]
by normalin | 2010-08-23 16:11 | YOGA

赤プリ

両親が生きていた頃は、夏になると弟家族と実家に集まっていた。
今は弟家族と墓参りをした後、食事をし、
弟の家にある仏壇に線香をあげることになっているが
今年は、弟が’関係’する赤プリで食事をしてきた。
もうそろそろなくなってしまうしね・・・

プリンスホテルの歴史は、この赤坂の旧館から始まったらしい。
ここは、韓国の大使が昭和5年に日本人の奥さんのために建てたそうな。
e0150495_1743390.jpg


ここにあるトリアノンというレストランを予約してくれた。
e0150495_17125182.jpg

また階段がとても素敵。
e0150495_17144260.jpg

予約してくれたのは個室。
入るとこんなラウンジ?があるわけ。
e0150495_17174370.jpg

ここで食前酒を飲むんだって。
運転手のわたしは、残念ながら飲めず。
で、こんな場所で食事をするのだけど、、、なんかすごく重厚。。。
e0150495_17201719.jpg

それもそのはず。この部屋は普段は総理大臣が会食をするところとか。
そんな部屋に子ども(笑)。
e0150495_17221888.jpg

ほんとは子どもは入れないのだけど、特別。。。
さて、目の前にメニューが。
e0150495_1725522.jpg

シェフが弟のリクエストを聞いて考えてくれたらしい。
しかし、カタカナ多すぎでわからない。
めんどうなので、全て写真を載せちゃいます。
e0150495_17265728.jpg

これをフォーク&ナイフで食べることの難しさに子ども達が四苦八苦。
e0150495_17285428.jpg

これは美味しかった。フォアグラとトリュフが乗り、まさにフランス料理。
麦のリゾットというのがまた珍しい。
e0150495_17301151.jpg

濃厚なコールドスープ。コンソメがゼリーになって混ざっているところがまた美味。
e0150495_17311298.jpg

メインのフィレ肉。子ども達はこれが一番美味しかった様子。
しかし、わたし、実はこれが一番美味しかった。
e0150495_173243.jpg

パン。それとバター。バターの味が最高。あれはどこのバター???
で、デザートへ。
e0150495_1733346.jpg

かなりお腹一杯に。
ご馳走さま。

赤プリ。
縁があるのに、ほとんど利用しなかったけど・・・
最後にいい思い出ができて、よかったよかった。
e0150495_1737597.jpg

[PR]
by normalin | 2010-08-22 17:41 | FOODS

娘のこと

この前のブログから、もうずいぶん経ってしまった。
それは、娘の’病’のことがあり、日々何とかやり過ごすことで精一杯だったのだ。
誰かと話していても、何を書いても、まるでウソばかりついているような気がしていた。
実はまだそんな気持ちだ。
けれど、書かなければいけないと思った。
娘のことを書くことで、この’病’についての理解が少しでも深まればと思ったからだ。

娘は、およそ3年前から手首の痛みを訴えていた。
いや、もう少し詳しく書けば、3年前激しい頭痛と目の痛みからCTの検査をしたのだ。
異常なしという結果に、娘は
「いっそ、脳腫瘍だったらよかった。」と泣いていた。
それからというもの、手首の痛みと腹痛、そして頭痛が交互に押し寄せるという毎日だった。
彼女の痛みは、学校で友人とトラブルがあった時や、試験がうまくゆかなかった時などで
わたしはストレスからくるものだろうと考えていた。
そもそも、もっと遡れば娘は3歳のころ「自閉症」の疑いがあったものの
幼稚園に通う頃になるとそれほど目立たなくなり、
小学校に上がれば、どの先生からも「優等生」といわれていた。

しかし、今振り返ればそれが彼女の自律神経を崩したのかもしれないと思う。
「がんばらなきゃいけない。」という周囲からの期待だ。
もちろん、わたしはそういう期待を持ったことがないし
幼い頃から何事も完璧を目指し、うまくいかないとその度に激しく自分を責める彼女を
どうやってなだめればいいものかと、悩んでいた。
そういえば、低学年の頃の娘と交換日記もしていたっけ。。。

話を戻そう。
3年前、娘の痛みの原因がわからなかったとき
心療内科に連れて行こうと思っていたのだが
娘も次第に痛みを訴えなくなってきたので、そのままだった。
心療内科が入っている病院も少ないし「合わない」医師である場合は
悪化してしまうのではないかとも思っていた。
今思えば、少し悔やまれるものの仕方がない。

この6月頃、ペンが持てなくなり、また全身の痛みを訴え、心療内科を訪れた。
その結果「線維筋痛症」と診断されたのだ。
今、多量の薬を服用し、副作用のせいで眠気が酷い。
勉強はスッパリとやめてしまった。
痛みは多少和らいでいるようだが・・・

「痛い?」

と聞かれることさえ、鬱陶しいのかもしれない。
だって、始終痛いんだものね。
それすら聞けないわたしは、どうしたらいいものかと途方に暮れる。
けれど、少しだけ娘の気持ちがわかることがある。
わたしは今、他人からの励ましや同情が聞きたくないのだ。
きっとわたしも、今「痛み」と戦っている最中なのかもしれない。

ネットでこの’病’についてとことん調べた。
いや、今まで観察していた娘の総決算のような気持ちだった。
’病’ではない、と思っている。
娘の個性だと。
実はYOGAのティーチャズトレーニングを学んでいるのは
娘がきっかけだったことも大きい。

’痛み’や’恐怖’を取りのぞいてあげたい、と。
もちろん、わたし自身の話でもあるのだけど。

痛みの’記憶’は強力だというから、その記憶を少しでも和らげることができたら、と。
[PR]
by normalin | 2010-08-21 18:34