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見せること。

ティーチャーズトレーニングの2回目が過ぎ”伝える”ことの難しさを感じている。
ポーズを口頭だけで誘導すること、それを易しい言葉に置き換え表現しようとするたび
自分の語彙力、いや、表現力の乏しさを痛感している。
けれど、それは語彙力の問題だけではないはず。
そう、わたしはまだまだ理解をしていないのだと恥ずかしくなっている。
前に「理解」についての話を書いたけれど、
理解とは”相手”なしでは深まらない。と、また当たり前のことを思ったりしている。
いや、恥ずかしながら、わたしはずっと自分の中だけで処理をしようとしていたらしい。
自分の中だけで完結しようとすれば、何も難しいことはなく、
また心が揺れ動くこともないものね。
そう、心が動かされることを恐れていたんだと思う。
だって、静かに過ごしていたいもの。
争いたくないもの。
そして、わたしは自分を「平穏」な人間だと思いこんでいた。
そのほうが生活しやすいと思ったし、心がかき乱されて辛い思いをしないですむし。
でも、それは違ったようだ。
ただ、わたしは体裁だけ気にしていたんだろう。
そうやって「ポーズ」にしがみ付いて生きてきたわたしは、
すでにそういうやり方がしみこんでいるらしく
なんともいえない「迫力」が出ているのか(苦笑)
(それはそれで生まれつきの性質もあるのだろうが)
ティーチャーズトレーニングを一緒に学ぶ友からは大抵
「もう、教えているんですか?」と聞かれる。
最初は、そんな風に見えるんだ、年のせいかな?と思っていたものの
近頃はそれが恥ずかしい。
きっとわたしはどこかで「先生」というポーズでいるのかもしれないと思うからだ。

前回の講義の中で、わたしが好きな先生がこう言った。
「YOGAを伝えるということは、あなたの生き方をそのまま見せるということです。」

恥ずかしい、なんて言ってられない。
と思った。
そして、他人をありのまま理解することにも恐怖を感じている場合じゃない、と。
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by normalin | 2010-10-06 19:56 | YOGA