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破壊

昨日は、息子の入院している病院に行った後、
成瀬貴良先生のYOGAクラスに参加してきた。
ずっと参加してみたかったのだけど、やっと。。。
これも息子のおかげかもしれないなんて、
何でもそう考えるクセが最近ある。

ヨガのTTがそろそろ終わりに近づき、わたしはどこかで
かなり焦っていると思う。
口頭だけで誘導してゆくことは相変わらず下手だし
自分の練習さえ、もしかすると力ずくなんだと思う。
「下手」なんてことを思わないようにしているつもりだけど
どこかで、いや、かなりその思いを押し殺しているのだと思う。

そして、わたしは力ずくが上手なのだ(笑)


電車が事故で遅れ、バタバタと成瀬先生の前に
マットをしき、汗をぬぐうわたしの前で
先生は、ずっと静かに座り、目を閉じてらした。
いつも、多人数のクラスでヨガをしているわたしには
少し気後れしてしまうくらいの少人数。そして静けさ。

ゆっくりクラスが始まり、ゆっくり身体を動かしてゆく。
次第にどんどん内側に入り込んでいった。

「力ずくでやるのではないですよ。。。」
という先生の言葉に、ハッとし、どんどん力が抜けてゆく。
毒素がどんどん出てゆくような感覚。

アーサナの時に出来てきたと思っていた呼吸さえ
わたしは力ずくでやっていたのだと気付く。

とろけてしまう感覚と共に、身体が離れては
フワッと寄り添ってくる、を繰り返す。
感情がどこにも見当たらない。

身体のすみずみに新鮮な空気が流れ込み
細胞の隙間が感じられるようなそんな感覚。

シャバーサナの時だった。
先生の言葉を聞きながら、ゆったりとしているはずのわたしは
急に「地震」を感じた。
こんなに揺れているのに、何故皆は何も反応しないの?
恐怖で心臓が飛び出そうになる。
目を開けてしまった。
呼吸が乱れる。

再び、先生のゆったりとした言葉が聞こえ
そして「揺れ」もおさまった。
そして、わたしはまた心地よく。。。

あれはなんだったのだろう?

昨日は地震なんてなかったらしい。
そうか、自分で揺れていただけなんだ。

昨日、わたしの中で何かの「破壊」が起こったのかもしれない。

「力ずく」で頑張る何かが、飛び出していった「揺れ」なのだとしたら
なんて、ちょっと思う。

何かを手放すときは、
恐怖が付きまとうものなのかもしれない。
昨日は、味わったことのない恐怖だったが
すぐに過ぎ去った。

そうか、大丈夫なんだ。

と思う。

ところで、シヴァ神というインドの神様は
「破壊」の神。
昨日、わたしは出逢ったのかもしれない、なんて思ったりしている。
現状を「維持」してゆこうとしがみつくわたしに。
力ずくで維持してゆこうとするわたしに。

神がかりで大げさな意味ではなく、
ただ、そういうことが起こっただけなんだ。
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by normalin | 2010-11-25 09:47 | YOGA

こころを開く

今日も、親しい友人にヨガクラスの時間をいただきレッスンを終えてきた。
彼女とは、子どもを介して知り合い、そして趣味なども共有できることで
この数年、ずっとお付き合いをしてきた。
実は、ヨガも彼女と一緒に始めたのだけど。

胸を開くアーサナを中心に、昨晩考えたシークエンスを少々たどたどしく(?)
追ってゆくわたしに、彼女は優しい眼差しで応えてくれた。(堪えて?笑)
時間はあっという間に過ぎてしまい、最後にリストラティブという
道具を使ったアーサナをしていたとき、5分のホールドが耐えられなくなった彼女は
自分で起き上がってしまった。
リラックスを促すために使用したアイマスクの状態が恐かったと言う。
謝る彼女に、申し訳なかったと思いながら、わたしはちょっと嬉しかった。
嬉しいというのは語弊があるかもしれないが
「恐い」と口にしてくれたことが、何となく母性をくすぐられたというか。
思春期の子持ちの身ではあるけれど、
他者へ抱く母性というものは、なんてあったかいんだろうと思ってね。
ふいに襲ってきたからこそ、自分でも確認できた心の動きだったのかもしれないけれど。

家に帰り、彼女の恐怖を想像し、少しだけ涙ぐんだ。
それは、きっと自分の中にも存在しているのだとも思う。。。

Nちゃん、貴重な時間を、どうもありがとう。
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by normalin | 2010-11-05 14:08 | YOGA

かもし出されるもの

初めて人と出会ったとき、そこにある空気が心地よいかどうかを
意識外で感じているものだと思う。
とはいうものの、心地良いと感じていた人と付き合いが深くなるうち
意見の食い違いが出てきては、思っていたような人じゃなかった、
なんていう経験もあるわけで。
それは全て「自分」の心地よさだけに満足したいからなのだろうと最近思う。
しかし、その満足は長続きはしない。。。

近頃、人の顔に対する印象がずい分変化した。
顔だけではなく、そのスタイルや洋服の印象も。
全てがその人の目の輝き一つで見えなくなってしまうのだ。
言い換えれば「目」以外はどうでもいい、というか。
もちろん目が大きいとか小さいとか、そんなものも関係ない。
魅了される人ほどその人がどんな姿だったかが思い出せなかったりする。

先週、ヨーガ学派の根本経典ともいうべき
『ヨーガ・スートラ』概論の講義を受け持たれた先生はまさにそんな方だった。
日本女性だが、もう彼女の前にはそんな国籍も、
そして性差さえ関係ないと思えた。言いすぎかな?(笑)
話はユーモアたっぷりで愉快だし、優しさに溢れていて、
押し付けがましいところがみじんもない。
講義が終わると、誰もが満足した表情だったのが忘れられない。

YOGAにも、様々な’流派’が存在する。
アイアンガーヨガvsアシュタンガヨガで、サッカーの試合をした際、
殴り合いの喧嘩が起こってしまったこともあるとかなかったとか。

「勉強を進めてゆくうち、YOGAのスタイルに固執してしまい、
YOGAの本質が見えなくなることが、きっとあるでしょう。
そんな時は、これを思い出し、立ち返ってみてください。」と
先生は、本場仕込みの美しい発音のサンスクリット語で
ヨーガ・スートラ第一章第二節のタイトルを唱えた。
私たちもその後に続き、数回唱えた。

「ヨーガとは心のはたらきを死滅させることである。」

自分を満足させるだけの生き方では、人を満足させられないだろう。
でも、心底自分に満足できていなければ、人を満足させられないだろう・・・。
魅力ある人は、きっとその満足を知っているんだろう。
だから、人を「安心」させ、心地良くできるんだ。
姿が気にならなくなるくらい居心地のいい人。
そんな空気をかもし出す人に、憧れてしまう。

そういえば、7年前に聴きに行ったフジコ・ヘミングウェイのピアノは
ピアノという楽器をも忘れてしまうほど、
フジコさんという人が演奏しているのも見えなくなってしまうほど
心地よく、そして何故か涙が出たっけ。
その人の生き方そのものが伝わってくるとは、そういうことなのかもしれない。。。

Nao先生の講義の様子
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by normalin | 2010-11-04 12:29 | YOGA