<   2011年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

お弁当

近所のパン屋さんの手作り弁当。
e0150495_15324937.jpg

これで500円。

ハンバーグ弁当が好き。
ハンバーグが母と同じ味なんだなー。

やっぱり作ってもらったものは格別。
[PR]
by normalin | 2011-01-22 15:35 | FOODS

花とタマゴサンドと香りのサンプル

ちょっと忘れてた。
好きなこと。

今朝、思い出した。

e0150495_17435898.jpg


昨日、友人からいただいた花束を撮影した。
学校の卒業お祝いに。
思いがけない花束は嬉しい。

それと、今朝はタマゴたっぷりのパンが食べたくなった。
ぱちり。
e0150495_1749359.jpg

カフェオレと。
うまい。

昨日友人からいただいた香りのサンプル。
パチリ。

e0150495_17494110.jpg


耳の後ろにつけてみた。時間が経つほどに芳しい。




写真って楽しい。



撮影した途端、画像はもう過去。
一瞬は、いつでもやってきて、すぐに走り去る。

気持ちも同じようなものかもしれない。

ちょっと違うのは気持ちは、常に変化をし、、、
そして、記憶を今の気持ちにのせて
簡単に書き換え、以前の気持ちを忘れてしまうことも。。。
”記憶が鮮明”だということも、実は幻かもしれない。

鮮明に撮れた写真。
花は、すでに形が変化してる。
タマゴパンはもうないし、
香りのサンプルは少し量が減った。

だから、何が変わったんだろう?
と思う。



とりあえず。。。


わたしの大好きなものや人、その対象は変わらないし
わたしの気持ちも変わらない、と思う。
いや、変わるものだとしても、それを良くも悪くも
書き換えることはしたくない。

変化を受け入れる恐怖に、少しだけ慣れてきたから。
[PR]
by normalin | 2011-01-15 17:53 | 雑記

ともだち

小さい頃、友達と小さな喧嘩をしては
「もう、絶交だからね!」なんて言い合った。
それでも、数時間、いや、数十分かもしれない、、、
耐え切れなくなるのか、縄跳びなんかしていると
友達が「入れて」と入ってきて、一緒に飛びながら
お互い照れくさそうに笑い合う。
「さっきのはナシね。」なんてね。
その時の清々しさは言葉に出来ない。

絶交と仲良しを繰り返して、大きくなる。
あの清々しい気持ちがこころのどこかで「大丈夫」と言っていて。
それは自分ひとりでは、体験できない心強さ。

子どもを通して知り合った複数の友達。
わたしは、子どもを産んだその日から
自分の名前さえ名乗れないような悲しさに襲われた。
マタニティブルーというものかもしれないが
それは子どもが成長するにつれ、日増しに膨らんだ。
「○○ちゃんのママ」
であることが苦しくて仕方なかった。

自分はどこにいるんだろう、といつも思っていた。
そう思うと、自分が情けなかった。
なんてわがままな人間なんだと思った。

子どもの話はいつもしたくなかった。
だから、子どもを介して知り合った仲間の中では聞く側に回った。
面白くなかった。
そして、過食はさらに度を増していった。

そんな中で気が合う友達ができた。
同じ「ニオイ」のする人。
自分でも間違っていることは重々承知だったけれど
彼女はいつも何も言わず、聞いてくれた。
時には応援さえしてくれて。

彼女との付き合いは、もう10年を超えた。
昨日は、彼女とささやかな新年会をした。


e0150495_17224958.jpg

彼女は、日々のことを正直に話してくれる。
わたしはそれが嬉しい。
けれど彼女にとって、それは「甘え」に感じるようだ。
その度「そんなことないよ。」と言うが
そう言うのも彼女のわたしへの愛情なんだと思っている。

友達って、甘える存在でいいんだと思う。
間違っていると自分で気付いることは、とても苦しいから。
それを正すのでもない、間違っていると指摘するのでもない、
ただ、見方として。

わたしは、カッコつけ屋だ。
いや、ただ弱かったんだと思う。
批判されることが恐くて仕方なかったのだ。
だから、いつも本音を隠して生きてきた。
もちろん、本音を言いまくるのも時と場合によるけれど。。。
最近、やっと思う。
頭の中の凝り固まった回路を通さず、
自然に出てくる言葉を云える相手がいるということが
どんなに幸せかって。。。

と、ここまで書いて思ったけれど、本音というのも
時の中で流されて消えてゆくものかもしれない。
本音の真相(?)なんて、自分でもわかりゃしないかもしれないが。

ともかく、、、

彼女がどんなことを言い出そうが、わたしは何も驚かないし
いつでも見方だ。
そう思うと、幼かった頃のあの気持ちよさで胸が満たされる。

”無条件に見方をする”ことで、
自分の中に、揺ぎない芯を見出すような気がする。。。
[PR]
by normalin | 2011-01-09 17:23 | 雑記

焼きそば

仕事が休みだったので、今日の昼食はゆっくりと手作り。
とはいうものの、焼きそばだけど。
娘の大好物だし。
もうすぐセンター試験だが、娘は相変わらず大量の薬で痛みをコントロールしている。
副作用の酷い眠気と戦いながらも、図書館で過去問を解いたりしているようだ。
この病は記憶力の低下も著しいので、詰め込まねばならない科目を削ったらしい。
受験は確かに記憶力が物を言う。
試験前日は、薬を飲まないと決めているとか。
眠気より痛みに耐えた方が、まだ「書ける」らしい。
記憶力だけは良かったんだけどなー。と寂しそうに呟いていた。

美味しそうに焼きそばを食べる娘に、最近食欲が出てきたね。
なんて言ってみた。
そう、娘はもともと食が細かったが、
この数年、本当に食べることが苦痛のようにも見えていたから。

「そう?それは良かったね。」

と返してきたので

「何だか他人事みたいね。」と言うと

「いや、胃袋に対してそう思ったから。
胃袋も活動できて良かったね、ってさ。」

なるほどね。。。
ふいに襲ってくる痛みに対して、彼女はこんな風に向き合っているのかもしれないなぁ。

痛みと心中してしまうような苦しみを想像していたけれど
身体は自分自身ではない、と思っているのだとしたら
それはスゴイと思う。

苦しみを経験した人には敵わない。
わたしは、まだ言葉だけで理解しようとしているなぁ。

「楽にしてあげたい」と心から思うけれど
わたしがどんな言葉をかけたとしても、
例えば、YOGAはどう?と誘ってみたとしても
それは、時には彼女の”体験”を逆撫でしているのかもしれない。

だから、焼きそば。
彼女の大好物を作って食卓にのせることだけ。

それと・・・
こんなにも成長している娘に対して
わたし自身が謙虚になること。
[PR]
by normalin | 2011-01-06 17:56