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長所と短所の間。

あなたのいいところって何ですか?
と聞かれ、うーん、、、と困りながら、
やっとの思いで、ひとつくらいを搾り出す。
それも疑問系で奥ゆかしく。
しかし、欧米は違うらしい。
大抵5つ以上はスラスラ言うことができるようだ。
その自己アピールが就活には必須だと、震災直前に観たテレビで特集していた。
しかし、それがこの国に当てはまるのかどうか疑わしいと思ったし
益々外国の資本に侵略されてゆくような気もした。

震災後、わたしは日本の欠点ばかりを嘆いてきた。
もちろん、中には「美しい話」もあるが、それすら
人のいい日本人はこういう話にすぐ騙されると、斜に構えていた。
怒りに支配され、焦りが全身を覆っていた。

ここ2~3日、テレビは福島飯館村の様子を流している。
村民の方々のインタビュー、家畜の様子、、、
意識しないうちに涙が流れそうになり
その度、急に台所に行き何か仕事を探す。
現実を直視できないわたしはなんて弱いのだろう。
この恐怖はどこにあるのだろう。

昨日、福島の方々が話す様子を見ていて、思い出した映像があった。
わたしの恐怖はそこからきているのだ。

高校生の頃、学校で「見せられた」フィルムがあった。
広島原爆投下後に米軍が撮影したという16ミリフィルムだ。
おぼろげな記憶だが、
そのフィルムをアメリカから返却してもらうという運動をされている方が
全国を周りながら上映しているというものだった。
(多分、これだと思います。10フィート映画
被爆した方が、一人ずつ椅子に座らされ身体の隅々まで撮影されいた。
子どもの姿もあった。
驚いたのは、とても美しいカラーだということだ。
白黒写真でしか見たことのなかった当時の日本人が
カラーで映し出されていることに、
「こんな大国と戦争をした」という無謀さが
焼け爛れた肌に、ボロボロになったあまりにも粗末な衣服に
表れている気がして、かわいそうで、、、苦しかった。

しかし一番の驚愕は、傷を負いながらも
ガタガタ震えながら、背筋を伸ばして椅子にきちんと座り、
米軍の指示通りに、まあまりにも行儀良く撮影に協力していることだった。
小学生くらいの子どもの、そのきちんとした姿勢が焼きついている。
こんな状態でも礼儀のいい”人たち”に、わたしは悲しみを通り越し
言葉では表せないような気もちになったのを思い出した。

上映前に、お話してくださった運動家の方は
「なるべく目をそらさないで観てください」と言っていたが
わたしはほとんど見れなかった。
それが申し訳ないと思うほど、その方の熱意は伝わってきたけれど。

そして今、やっとわかった。
わたしの恐怖は、この「礼儀正しさ」にあるんだということ。

穏やかな表情で話す日本人。
本当に静かな国民性だと思う。
それを絶賛する海外の方もいる。
わたしも、そう思う。

話は変わるが、ツイッターの醍醐味というのは
様々な意見が「混ざり合う」というところだ。
そして、普段自分はあまり考えたことのない事象について
論じ合う場面にも遭遇する。
が、この頃よく目にするのは「軸」という言葉だ。
「あなたの言っていることは軸がみえない」とか。
「論点」というならわかるけれど。
軸というのは、見えないものだとわたしは捉えているので
相手へ「軸」に関して指摘した途端、
こちらには指摘した人の「感情」が見えてくる。
そこがまた面白いところでもあるのだけど。

それにしても、わたしも含め、、、この国では論じ合うということに対して
不慣れなんだろうとも思う。
それはどう考えても「お上のいうこと」に従ってしまう
礼儀正しさなのではないか、と思える一面もあるから。
島国、単一民族、、、様々な背景があるかもしれないが
それは”育ちの良さ”という長所として大切にしておこう。

ところで、わたしが面接官だったら、こう聞きたい。

「あなたの長所、短所と思われるところをあげ、
その理由について話してみてください。」

短所や長所なんて実はどうでもいい部分。
理由を述べているときの、その人の「軸」を感じ取りたいというのが目的。
軸に感情は入らない。
冷たいというわけでもなく、ただの”客観性”。
そしてそれは長所と短所という‘感情‘が拮抗し合うことで
生じるバランス感覚。
そこには信念がある、とも思う。

わたしは、今になってやっと、原爆フィルム返却を求めるおじさんの
信念を感じ取ることができた。
ありがたい。

さて「礼儀正しい」という長所に、拮抗する力はなんだろう。。。
それを見つけてゆくことも、これからの課題だと思う。
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by normalin | 2011-05-14 13:11 | 雑記