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蝉が啼く、当たり前の夏に。

昨晩、バルコニーにオスの蝉が飛んできた。
網戸に停まり、猫が大騒ぎ。
獲物を狙う体勢の猫が気になって、バルコニーから蝉を出してやろうと
何度も何度も放つが、その度血相(?)を変えて、飛んで帰り網戸にしがみ付く。
あきらめて家に入ると、猫がまた腰を低くして何かに忍び寄る。
その先を見たら、取り込んだ洗濯物に蝉がいた。
啼かないところを見るとメスの蝉。
そうかそうだったのか、とその蝉をバルコニーから放った。
まだ網戸の下にウロウロしていたオスの蝉にお知らせして。
猫や、人間という”天敵”がいるというのに飛び込んできた蝉。
種の保存は命がけ。

彼らは、また逢えたかなぁ。

そう、命がけなんだよね。
人の思想と行動も、種の保存に支配されているというけれど、
その中の、恋愛や育児の他に、
同じ種の個体を助け合うという行動が基本にあるはず。
だから他を助けるという行為は、別に美談でも何でもなくて、当たり前のこと。

けれど、人間の場合「社会」というのが基盤にあるからややこしくなるのかもしれない。
そこに”適応”してゆく上で、様々な「記憶」が書き換えられ、邪魔をする。
例えば、お金やステイタスを保持してゆこうとするとき、
他を蹴落としてゆかなければならない場合だってあるかもしれない。
天敵を持たない人間は、戦争によって進化し、
種の保存を保ってきたという説もある。

けれど、人間が創りだした”天敵”は、もはや手におえない。

今、種の保存の視点から捉えれば、まさに危機的。
”負”の状況下にいるというのに、どういうわけかとても静かだし
受け入れてしまっているようにも見える。
”天敵”に対して、口をつぐんでいることが”正しい”ことのようにさえ思えてくる。
社会のルールに従っている?
それを「知的」と言うの?

わたしは今、どうも国自体が異常行動を起こしているようにしか見えない。
これはきっとエラー状態なんだと思う。
まるで麻薬の薬が切れかかっているかのような、そんな感じ。
ここで断ち切らないとオーバードーズだよ。
もう、すでにそうだったのかもしれないけれど。

「とんで火に入る夏の虫」にならないために、人間には知性がある。
これを使わないのは、どうかと思う。
いや、そもそも人間自体がエラーだったのかもしれないけれど、、、
でも、だからこそ智恵を授かった。これを駆使しないとって思う。

実に当たり前のことだけれど。

それを駆使するっていうのは、考えすぎることではないと思うんだよね。
自分の”知識”において、それは違うとか正しいとか。
あれはニセモノだとかホンモノだとか。。。
それこそ”記憶”や”肩書き”が邪魔をする。
考え過ぎない方が理解しやすいこともあるとおもう。

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蝉を、ただ”観察”するみたいに。。。

さて、蝉は来年も、当たり前に啼いてくれるだろうか...
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by normalin | 2011-08-19 23:31 | 雑記