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学ぶこと。

やりたくなかった仕事をやることになった。
医療関係のものだが、職場がそうだから仕方がない。
あまりにもやりたくないから、別の仕事を探そうかと思ったけれど
そんなにも拒絶する確固たる理由が見つからないし
これは贅沢な悩みだろうと思ったので、勉強を始めた。

そう、放射能のことだってたぶん一番やりたくない、
いや、知りたくもなかったはず。
今でも別に好きではないし、
知れば知るほど絶望的になってしまう。
それに、楽観している方からはデマに毒された神経質な人と笑われるし。

けれど、何故かすんなり入ってくる。
好きで勉強を始めたものよりずっと。
そこには思いいれがないから?
というより、やらなければならないという意気込みがあるから?

タイに住んでいたころ、
子どもはまだ小さくて、バスタブに溜めた水に潜れば
ひきつけを起こすほどの高熱と、目が開かなくなるという事態になったり
デング熱とう熱帯特有の熱にかかりそうになったりと
日本ではありえない得体の知れない病で、しょっちゅう病院に駆け込んだ。
だからどうしても、タイ語が必要になって、学んでいたけれど
あれだけ親しんできた英語よりも、スイスイ頭に入ってきた。
生死に関わることだからかもしれない、と思う。
もう、すっかり忘れてしまったけれど。

振り返ると、わたしは自分から好んで学んだことがあっただろうか?

もちろん、ヨガは好きなんだと、思う。
好きだから学び始めた。
しかしこれは、好き、嫌いの範疇には納まらないもの。
ただ、出逢った。
偶然ではなく、合致したようなそんな出逢い。
だから、もともと「好き」だというものでもないし
選んだものでもない。
ヨガだけが最高だ、とも思わない。
ヨガの聖人だけが、素晴らしいとも思わない。

素晴らしいと思える人は、すぐ近くに存在する。

ただ、必要なだけ。

今のわたしに。いや、これからずっと。


日本がこうなってから、様々な知識人といわれる人々の話を聞く。
または今まで知らなかった人、、、知ろうともしなかった人の話。
見知らぬ人の”つぶやき”。
膨大な情報が駆け巡る。
真実はどこにあるのだろう?と焦り、共感し、情けなくなる。
学びとは、真実を求めるものだろう。
けれど、その裏にあるものの偽りが大きく浮き彫りになり、
それを知る度に疲弊してゆく。。。

「放射能が好き。」

と、わたしは先日ある人に冗談まじりに言った。
自分でも驚いたけれど、その人にはいつだって予期せぬ言葉を口にしている。
たぶん、心から信頼しているのだろうと思う。
きっと、自分のことよりも。

原子力を学んできた人々は、もちろん興味があって始めたのだろうと思う。
けれどあまりにも好きになると、何も見えなくなる危険性がある。
恋は盲目。
けれど、恋ではなく、愛がある人は違う。
能動的に学ぶことができると、思うから。
きっと、自分の損得のことよりも。

学ぶしかない。
子どもたちに絶望の姿だけは見せたくない。
アレクセイと泉】のように解明できないことだってきっとあるはず。
と、信じて。
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by normalin | 2011-11-23 15:22