<   2012年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

ひこうき雲。

今日から数日仕事が休みで、片づけでもしようかと思いつつ、
だらだらと過ごしてしまった朝。
テレビなんかつけていたら
ユーミンこと松任谷由美さんが、40周年記念のライブ?をするとのことで記者会見の映像が。
内容はまだ秘密だそうだが、今までにないものを見せる予定だと言っていた。
単独インタビューも流れて、ほんと若いなーとしみじみしてしまう。
肌がどうとか、プロポーションがどうとか、そんなことではなくて
この方は、いつも「挑戦」しているから表情に表れているんだなーと、そんな事を思っていたら
インタビュアーの質問に
「こういう言い方申し訳ないけど、わたしはファンの方のことを思ってやってないんですよね。
自分のためにやってるんです。」
というようなことを強い語調で言っていた。
インタビュアーも困っている空気が漂っていたけれど、
わたしは「あー、なるほど。」と思わず唸ってしまった。
これ、単純に考えたら「なんてヤツ」という言葉だけれども、かなり深い。

ユーミンの曲は、いや、ワンフレーズでも
「なんで、知ってるの?」と、思える程、女性の気持ちを代弁というより
エグッていたりすると思う。
そんなちょっとした”痛み”が、爽快になるような曲に乗せて。
そう、気持ちをなぞっているだけじゃないんだよね。
ユーミンが流行り始めて、女性は男性に媚びなくていいんだと気持ちよく思えたはず。
とは、わたしのあまりにも勝手な印象なのだけど。
こんな風に、受け手の印象が様々なのもスゴイところ。
これは、ユーミンが、自分の曲に対して執着がないからなんだろうなと思う。
自立してるんだよね、曲が(笑)。

ところで、わたしがユーミンの曲を聴いたのは、中学生の頃。
もう大学生だった友人のお姉ちゃんがユーミン好きで、
「お姉ちゃんも聴いてほしいって。」と言いながら貸してもらった。
友人もユーミンは好きだと言っていたが、ある日
「ユーミンは、子どもはキライだから生まないんだって。
何だか冷たい人だとショックで、曲を聴けなくなっちゃった。」と言っていた。
それが心の片隅にずっと残っていたのだけど、
きっと、作った曲が子どもみたいなものなんだろうと考えていた。
実際、その通りだったようで、ユーミンのベストアルバムには
無数の赤ん坊の人形の写真があったっけ。
こんなに子ども生んだんだ!というくらいに。

話を戻すと、わたしはユーミンは大学生くらいに成長しないと良さがわからないだろうと
それほど熱心に聴いたことはなかった。
ライブにも一度だけ、お付き合いのような立場で行ったことがあるけれど
そこでも「派手だなー」くらいにしか感想を持てなかった。
だって、いわゆる”売れた曲”をあまりやってくれなかったんだもの。
こういう「裏切り」が、媚びないユーミンの良さなのだろうけど。

しかし、海外で暮らした時にユーミンが聴きたくてたまらなくなった。
ホームシックに近いような感覚。
日本語に飢えていたというより、日本の風景に飢えていたのかも。
ユーミンの曲は、小説のように風景が残るから。
それは郷愁というより、何か過ぎ去った心地よさで。

ユーミンの曲の中で、一番好きなのは
「ひこうき雲」
最初に聴いた中学生の時は、あまりにも残酷な内容に思えて悲し過ぎた。
ところが今は、自由や、あたたかさ、強さを感じる。
聴くたびに澄んだ空の色が見えてくる。
この歌ほど、隣りあわせの「死」と「自由」というものを深く語ったものはないんじゃないかな。
こんなにも「孤高」ともいえる歌を作ったユーミンは、当時10代だっけ。
もちろん天才だと思うけれど、
きっといろんなものを手放してきているのかもしれないなぁ。
そうでなければ、あれほどの境地を歌えないような気がする。




もー、手放すか。片づけの時間。

そこか。
[PR]
by normalin | 2012-08-20 17:49 | MUSIC

落語。

この数年、心底笑っていないなぁと思っていて、
いや、どちらかというと人を笑わせたい欲求の方が強いのだけど
「そうだ、落語に行こう。」となぜか決めこんでいた。
震災以降、日本の膿が出てしまっている状態だしね。
いや、それはとてもいいことなんじゃないかなぁ。
この混沌とした状態こそ、人間らしいんじゃないかと思ってる。
けれど、その膿を「絆」というダサい言葉で塞ごうとしているんじゃないかとか
何かと疑り深くなっているから、こういう時こそ「笑い」でしょ、と。

落語は、高校生の頃のわたしの教祖のような存在だったビートたけしの影響で
すでに亡き古今亭志ん生師匠の落語を寝る前に聴いたり、
学生の頃に少しだけ寄席に行ったくらいだけれど、
やっぱり咄家さんの顔や身振りを見ながら聴く落語は最高でね。
けれど、どの咄家さんでも落語だったら何でもいいのか?
と言ったらそれは違うのよ。
そんなこんなで、暫く落語は聞いていなかったのだけど、、、
出会うもんだねぇ。
美容院で眺めていた『AERA』に特集されていた方で、
帰宅して早速Youtubeをチェック。
一目ぼれならぬ一耳ぼれで、すっかりその”語り”に”落とされ”
ツイッターでその咄家さんを即フォロー。
岩本町のカフェで落語の会があるというので、すぐにネットで予約。

いい時代だな。

e0150495_1784418.jpg


オリンピック真っ只中の猛暑の日。
午後7時過ぎに、カフェに着くと
オシャレで若いかわいい女の子の姿が目立ち、少し驚く。
初老のおじさんおばさんだらけだろうなんて思い込んでいたから。

前座の咄家さんに続き、いよいよだ。お囃子っていいなぁ。
高座はとても高くて、上りにくそうだった。
e0150495_1710134.jpg

そうそう、高座って言い方は仏教からきてる説があるらしい。
寺でお坊さんが説法を聞かせるのに、マジメな話ばかりじゃ皆が飽きるから
面白おかしく話したことが、落語の始まりとか。
確かに面白くない授業は頭に入らないしね。
まずは聴衆の頭をほぐしてから本題に入れば、そりゃよくしみこむだろうね。
そう、その”ほぐし方”が、この咄家さん半端じゃない。
すっかり気持ちが良くなったところで、いつの間にか長屋の風景が見えてくる。
落語はたいてい頭の弱い人が登場してくる。
「バカだねぇ、お前は。」と言いながらも、その天然ボケに付き合う人がいる。
ボケてるはずの人物が、意外と的を得ているところも面白かったりする。
おっちょこちょいの人に付き合う姿には、”生き方の余裕”さえ見えてくる。

あぁ、わたし達は本当はこんなにも他者への愛情豊かなんだよなぁ。
あの時代は、わざわざ「絆」なんて言わなくても良かったんだろうなぁ。
何が正しいとか、正しくないとか、そんなこともなかったのかもしれない。
だって、泥棒すら愛すべき姿で描かれているんだもの。

ツイッターが「バカ発見器」と言われているけれど、
現代使われている「バカ」は、だいぶニュアンスが違うと思う。
垣根のそっちとこっちで、言い合っているような意味なのかもしれない。
長屋住まいの時代の人たちは、ネットなんかなくても
きっと、もっともっと繋がっていたんだろうなぁ。
「バカだなぁ、お前は。」と言いながら、「バカ」の言い分もきちんと聞いて。

いい時代...か。


[PR]
by normalin | 2012-08-16 17:21 | 雑記

静止の中の動。

わたしは、10代の頃からマリリン・モンローが大好きだ。
今年は、没後50年だという。
モンローの魅力の虜になったのは、おそらく洋楽だと思う。
アーティスト達が時々、モンロー好きを語っていたから。
楽曲の中に登場するモンローは、わたしにとっても女神のような印象になっていった。
彼女はすでにこの世にはいなかったから、わたしの中ではまさに”永遠の人”。
だから没後何年経ったとか、そんな数字が陳腐に思えてくる。

e0150495_1710195.jpg


10代といえば自分の姿があまり見えていない、というより
「この人になりたい」と純粋に願えるステキで、同時にイタイ時期だ(笑)。
わたしは、まずモンローの眉のディティールに魅了され、
自分の眉が彼女のような美しい曲線を描くよう
母の鏡台からくすねた眉ブラシで、毎日ブラッシングしたものだ。
そのうち、骨格からして「違う」ことを認識し、落胆という大切な経験をしたものの
今でも、あまり時間をかけない化粧の中で眉にかける時間は大きいし、
人を見るときも、まず眉に視線がいっているようだ。

e0150495_17102897.gif


ところで、動くモンローを初めて観たのは、あるバンドのPVだと思うが
そこで感じたのは、モンローの”ぎこちなさ”だった。
その後、彼女の映画を観るにつけ、どうしても同じ感想にいたってしまう。
写真集を何時間観ていても飽きないのに、
なぜそう思ってしまうのかがわからなかったが
そのうち、モンローの眉の動きにばかり視線がいっていることに気付いた。
眉の不自然な動き。
彼女の必死な演技がそうさせているのか、とにかく力が入り過ぎている。
あんなに魅了された彼女の眉なのに、わたしはそれが気に食わなかったのだ。
写真を見過ぎた結果、動く彼女を追うことに違和感を覚えてしまったともいえるけれど、
モンローの写真は、とにかく想像がかき立てられる。
彼女を取り巻く風の香りまで身近に感じることができるのだ。

e0150495_17105540.jpg


どうしてだろう?

彼女の演技についてあれこれ言う気はないけれど、
映画は、大勢のスタッフが見守る中でワンシーンを何度も撮影するだろうし、
共演者という存在もある。
それがモンローの眉に力がこもる要因になっていたとしたら、、、
自分が迷惑をかけてはいけない
と思う気持ちがそこにあったとしたら、、、なんて想像してみる。

e0150495_17114365.jpg


彼女についての様々な著書には、たいてい「繊細」「孤独」という言葉がつきまとう。
わたしはその表現が好きではないし、そう思ってはいない。
それはどの人間に対してもいえることだし、彼女の死を弄ぶ
”生きている人間”の自己満足にしか聞こえないからだ。
けれど、彼女が愛情溢れた人であっただろうということは想像できる。
カメラのレンズに向かっては、とても無防備だったのではないかと思うから。。
その子どものような無邪気な彼女の笑顔に、わたしはゾッコンなのだろう。

e0150495_17121995.jpg


ヨガのアーサナでは、よく「眉間の間を広くして」と意識を促す。
その度、モンローの眉を思い出す。

子どものままでいいんだよ。って。

無防備でいいんだよ。って。

そうしたら、静止したままの状態でも、わたし達は内側に大きな動きが感じられるはず。

まるで、モンローの写真みたいに...

e0150495_1713564.jpg

[PR]
by normalin | 2012-08-12 17:18 | YOGA