屋良朝博さんの講義文字おこし~標的の村上映会にて~②

以下、資料と共に講義の書きおこしです。

「みなさんにお配りした資料で、一番の最初の地図は沖縄基地の現状です。
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この地図に影が書かれている部分、これが米軍基地なんですが、この基地の75%が海兵隊です。
だから沖縄の米軍基地問題というのは、ほぼ海兵隊の駐留が大本を占めているということです。
ちなみに海兵隊がいなくなったらどうなるかというと、残る施設は嘉手納飛行場、トリイ通信施設、ホワイトビーチ、嘉手納弾薬庫、これだけです。だから、海兵隊がなんで沖縄にいないといけないというのが、沖縄基地問題を理解する上でキモになるはずなんですね。

次の資料をご覧ください。
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海兵隊というのは、海の兵隊と書くわけですが、海軍の船に乗っかっていろんな所を遠征する部隊です。
だから、一か所にずっと留まっているわけじゃなくて、回遊魚のようにグルグル回っているいるんですね。
沖縄に部隊は駐留しているのですが、彼らを運ぶ船は長崎県の佐世保です。だから、朝鮮島で何かがあった時は、長崎県の佐世保に配備されている船が沖縄に来るんです。で、そこで部隊と物資を載せて朝鮮半島に向かう、と。そうするといったん南下して北へ向かうわけでしょ?これって合理的な配備なのかな?ということがまず一点なんですけれども。
そもそも、海兵隊というのは拠点があるのですが、船乗ってアジア太平洋の同盟国をグルグル回っているんですね。フィリピン、オーストラリア、グアム、タイ、韓国、他にインドネシアやベトナムとか...そういう所をグルグル訪問するわけですね。だから、沖縄にいる部隊は、31海兵遠征部という名がついた部隊なんですが、年間のうち約9ヶ月沖縄にいないのです。これで、日本の安全が守られるのか?ということなんですけれども...
例えば、皆さんの最寄の警察署が、皆さん個人のお宅をずっと警戒、警備しているわけないじゃないです。その地域の警察が管轄している地域をパトロールして地域全体の治安を維持する。で、結果として、皆さん個々の安全が守られるということになるわけですね。海兵隊も同じようなコンセプトです。アジア太平洋地域を活動範囲としてグルグル回ってる、で、アジア太平洋地域が安定していれば結果として、日本も安全を守られる、ということがミッションなんですよ。
だから、沖縄に海兵隊がいれば日本が安全だとか、対中国で抑止力になっているとか、という説明をする専門家も沢山いますが、彼らは海兵隊の動きをほとんどわかってないと思います。
この地図は、ロシア、その下にいくとニュージーランドがあります。で、西はインド。この三角形を結ぶ線の中にある16ヶ国の国々と沖縄の海兵隊は交流します。だから、沖縄の地に海兵隊はほとんどいないのです。
なので、ワシントンからアジア太平洋地域を見た時の海兵隊の役割は、上はロシア、南はニュージーランド、西はインドという視野に広がっています。
ところが、日本の視野はどうかというと(沖縄基地と絡めた際に)東シナ海の尖閣諸島周辺にしかないんですよ。この視野の狭さ。アメリカ側から見ている太平洋と日本が見ているアメリカに対する期待というか、役割というものの認識のギャップ。これは恐ろしいものでありまして、これは必ず日米同盟を漂流化させるというか盤石に見ていても、実は中身はスカスカだったりするわけですね。

海兵隊の組織図です。
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沖縄の海兵隊は訳18000人いるとアメリカは説明しています。‘説明してる’というのは、実態はもう少し少なくて、だいたい12000~3000人くらいろうと、僕らはみています。
米軍再編で、これからどんどん減っていきます。
司令部があって、地上戦闘部隊、航空部隊、後方支援部隊、この3つの機能で動いています。
航空部隊、これは普天間ですが、どんな役割をしているかというと、地上部隊を前線に押し出してあげるという輸送部隊です。後方支援部隊も前線で戦闘行動に対して補給するという役割なので、この中でメインの部隊は、地上戦闘部隊になります。こういったものが海兵隊の主役です。
で、この下のイラストですが、それが米軍再編によって...僕はこの再編の中身を見て驚いたのですが...
沖縄の海兵隊は約1万人に減る。9000人くらいになると。で、グアムに5000人いるのですが、その中身に第4部隊というのがあります。これは歩兵部隊です。だから再編隊の主役が...中軸が、グアムに移ってしまうと。残るのは31MUEという、2000人で編成している小ぶりの部隊で、これが先ほどお話した遠征する部隊なのです。
31MUEという、これが沖縄に残ることになりますね。しかし、残るといっても、四六時中海外遠征しているので、ほとんど部隊はいない、(沖縄の基地は)スカスカになってしまう。オーストラリアにはローテンションで2500人、ハワイにも1500人、これも補給部隊で後方支援部隊の一部が行くと。
車でいえば、エンジン部分が行っちゃうという、そんな内容の再編成になっています。
にも関わらず、抑止力とかいう言葉が、相変わらず使われていると、
にも関わらす、中国の脅威に対しても、沖縄に海兵隊が必要だということを言っているわけですね。
実におかしな議論があるというわけです。」

つづく。
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# by normalin | 2014-06-25 21:46 | 社会

屋良朝博さんの講義文字おこし~標的の村上映会にて~①

標的の村」を観た後、沖縄からいらした屋良朝博さんの講義がありましたので、
自分のための忘備録とともに、こちらに書きおこしいたします。
まずは、講義前のお話です。

「みなさん、こんにちは。お越しくださりありがとうございます。今日、ここに着いてすぐにここのスタッフの方から、ちょっと衝撃的なニュースを聞きまして。辺野古で反対運動を続けている人たちが...テント村がですね、襲撃されたということですね。昨日の夜、何者かが入って来て、掲示物とか看板とかをメチャクチャにしていったということを、先ほど教えていただいて、僕はビックリして、元同僚である沖縄タイムスの記者にすぐ電話をして現状を教えてもらったんですけども、誰がやったかよくわらないと。ただあまりにもメチャクチャになっているのでこれはイタズラじゃなくて何か政治的な意図があるんじゃないかと皆感じています。ただ怪我人がなかったということは幸いなことです。昨日、そういうことがあって、今朝座り込みをしている住民が発見して通報したという状況です。
映画で観てもらった通り、スラップ裁判とか、住民が嫌だと言ってるのに...子どもの訴えじゃないですけども、何でもないよくわかんないことがあまりにも多すぎて、それをどう処理していいかわからない、もう混乱しているという状況で、こちらに着いて、ちょっと困惑しているという状態です。
映画の中で防衛局の職員が『わたし達に何を言ってもらっても、アメリカの運用については何もできることはありません』というようなことを喋っていたの、ご記憶にありませんか?
で、防衛局の局長さんが、オスプレイが配備されるかどうかで、しらばっくれるシーンがありましたよね。
そうするとですね、日本という国は外国の軍隊が動いているということに全く中身がわかってないし、で、平気でウソをつく、と。オスプレイが開発されたのは1990年代の初頭です。僕は93年頃にアメリカを取材して、ロッキードを取材したりしたんですけれども、その時すでにオスプレイの開発が始まってて、その開発担当者は、オスプレイが完成した時には、沖縄に配置されますね。ということを言っていたんですね。
これはちょっと考えればすぐわかることで、オスプレイっていうのは、ヘリコプターの後継機になります。
で、ヘリコプターを使って海兵隊は沖縄に行くと。そうすると、沖縄に配備されるということは、オスプレイができた時から想定されていたことなんですが、ぎりぎりまで政府は認めなかったということですね。
政府はウソを言うは、で、外国軍は何をやっているのかわからないということを平気で言うんです。
で、はたまた反対をしている人たち、住民に対して危害を加えそうな勢力が、沖縄でどんどんどんどん力をつけてゆく、という風な現状があると。とても怖い空気になっています。
そこで僕らは何をしなければいけないかということをよく考えなければいけないと思いますけども、わたしが今できることは、おそらくそのオスプレイを使っている海兵隊の機能が何なのかということを情報提供して、海兵隊が沖縄にいなければならない必然性は何なのかということをお伝えしていきたいと思います。
僕が取材をしていてよく言われるのは『沖縄の人たちがやっていることはわかる。こんなに沢山基地があるのは、大変なことだというのはわかるけれども、だけど、国際情勢が厳しくなってるでしょ?尖閣っていうのは沖縄県にあるでしょ?中国が来たらどうすんの?みなさんが言ってることは正しいし、みなさんの主張はよくわかるし心が痛む。だけど、これは仕方がないんだよ。』
と理解されているのが、日本国内では一般的なイメージではないでしょうか。ただ、それが正しいのかということを判断する材料をわたし達は持っているかどうかというところなんですけども。その基本的な情報がとても少ないんです。なぜかというと、あれだけ普天間を叫ばれた鳩山元首相がですね、辞めないといけなくなってしまうくらい、一国の総理大臣が、外国軍のただひとつの飛行場移設の問題で、首をかけてしまう国。とても恐ろしい国だと思いますね。あれだけ報道されて、何度も何度もニュースや新聞の一面を普天間という文字が飾ったわけですが、果たして普天間について、わたし達はどれだけ理解しているのだろうか。
普天間にどれだけの航空機が配備され、なぜ彼らは普天間を必要としていて、それを使っている海兵隊は、なぜ沖縄にいなければならないのか。そういった基本的な情報は全く報道に出てこなかったのではないでしょうか。おそらく報道する側もわかってないと思うんです。
で、わかってない中で総理大臣ひとりが首を切られてしまう。シビリアンコントロールのトップですけど、外国軍の運営を維持するために、日本は総理大臣ひとりを首にしちゃったと、すごいことが起きているのだけども、そういったことも、なかなか僕らが敏感に反応できないという現状があります。
なので、ちょっとした基礎知識になりますが、与えられた時間も短いですが、サーっと沖縄の基地の問題をおさらいしてみたいと思います。
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# by normalin | 2014-06-22 17:40 | 社会

映画「標的の村」を観て。

子どもがまだ赤ん坊の頃に知り合ったママ友達がいました。
彼女は台湾の方で、ご主人は沖縄出身でした。
彼女の日本語が聞き取りにくいと、いわゆる公園ママ達は遠巻きにしていたのですが
わたしは、会話になんの飾り気もない彼女と話している方がリラックスできたので、
そのうち彼女から電話もかかってくるような仲になりました。
ちなみにママ達が遠巻きにする場合は「子どもごと」なんですよ。
そんな風に「差別」なんて日常どこにでもゴロゴロしているもんですよね。

彼女はよく
「沖縄はね、台湾とソックリなの。夫の実家に行った時、安心した。食べ物も、人の雰囲気もそっくりなんだよ。」と、話してました。
わたしは、彼女の明るい強さが好きでした。
もちろん、避けられていることも知っていたと思うし、彼女がそのうち公園でわたしと話さないようにしていたのもわたしへの気遣いだったのだろうと思うけれど、わたしはそこには触れなかったし、触れないでほしいという信号を彼女から受け取っているような気がしていました。
けれど、それは果たして正解だったの?と思うことがありますが...
今、どうしているんだろう?
元気かな。

ところで、わたしは、訪れたことのない南国沖縄を飛び超え、タイのバンコクで暮らしたことがあります。
夫の転勤で幼い子ども2人を文字通り両腕に抱えながら飛びました。
会社の奥様会というものが存在していて、まだ1歳半だった息子を食事会に連れて行ってしまい
子どもはメイドさんに預けるものだという常識を「嫌味」と共に学んだわけですが
実はそれも他の会社の奥様から後で教えてもらったわけです。
わたしは「嫌味」もわからないほど若かったわけで、いや、なんというバカかと自分を情けなく思う日々でした。
「子どもは自分の手で育てたい」という小さいけれど、大切にしていた信念はとりあえず脇におき、
言葉も通じないメイドさんを雇い、わたしのバンコク生活も軌道にのったかと思われたのですが、、、
なんと、実はいじめを受けていたのです(笑)。

それも自分では気づいておらず、わざわざ電話でお知らせしてくださった方により
「あぁ、そうか、どうりで変だと思った。」とやっと気づく始末。
こんなに鈍感なわたしでも、思い当たる節はありました。
いじめのドンの言うことをきかなかったことがあったからです。
これは自分の信念に基づく行動だったので、まったく後悔しておらず、むしろそれでよかったと思っていました。
しかし、わたしへのいじめに対して教えてくださった方は
「かわいそう」だと、電話口でさめざめ泣いてくださるのです。
それをわたしがなぐさめるという妙な展開に。
わたしがショックを受けていないので、その方は次第に「強い人ですね」とムッとする始末。
もうどうしたらいいのやらと、その後高熱が出てしまった、まだ若くて可愛いわたしでした(笑)。
電話で知らせてくださった方には大変申し訳ないですが、
これも、茶番劇だとしたらすごいことだなぁと、何度も思いました(笑)。

この一件で、自分のコミュニケーション能力の無さを思い知ると同時に、そんな”いぢわるな能力”はいらないし、自分が嫌だと思ったことはやらない方がいいという当たり前の決意を新たにしました。
台湾の彼女の”明るさ”に触れたことも、大きな力になったと思います。。。

ただ、騙されないようにするにはどうしたらいいのか?
ということについては、ずっと頭の片隅にありました。
それが今、まさに日々の様々な「知る」という行為の中で息づいてきています。

沖縄基地問題もそうです。
ここへきて、遅まきながら沖縄は日本のすべてが凝縮されているのだと思うようになりました。



標的の村」の中で、わたしは沖縄の人々の唄があまりにもステキで思わず涙があふれました。
その細胞までもが震えるような、柔らかくて迫力ある踊りに強さをもらいました。
屈しない精神とは、何も眉間にシワを寄せることではなく、歌い、踊り、生きることなんだと思いました。
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さて、この上映後、屋良朝博さんの講義がありました。
沖縄の真実を追いかけてきた方の、客観性のある講義はもっと聞いていたいほど面白かったです。
ツイキャスで配信もしたのですが、手作りの素晴らしい資料もいただいているので、
文字起こしをして、この後のブログにアップしたいと思います。
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# by normalin | 2014-06-22 13:51 | MOVIES

映画「A2-B-C」を観て~ヨガ的視点から~

久々の更新です。
頭でぐるぐるめぐらせていることを文字にするということは
自分を客観視するうえでも大切と「書く」ことに目標を掲げたものの、
このありさま。。。
続けることが、いかに難しいものかと痛感します。
けれど、一方で続けることがどれだけ力があるかを体感していることもあります。
それはヨガの練習かもしれません。
一言でいえば、ヨガは自分の身体を使いながら、その身体を客観してゆくことで、
心を穏やかにしてゆく練習をします。
近頃、気持ちが変化する直前に、自分の呼吸が乱れ始めることに気づくことがあります。
とはいうものの、ほとんどは“気持ち”に流され、穏やかとは正反対の状態になっているのですが(苦笑)。
しかし、わたしはたぶんそんな自分の「気持ち」にさえ無視をして生きてきたと思うので
「あ、今こんな気持ちになったんだ。」ということを観察できるということだけでも
ヨガがもたらしてくれた副産物に感謝をしています。
余談ですが、ヨガはその気持ちについても「いい」「悪い」をジャッジせず、
気持ちより「今起こっていること」に意識を向けてゆくのです。
(そもそも気持ちはあっという間に変わりますし、何かの影響ということもあるので、いい加減なのものかもしれないですね。)

おかしいですか?
自分の気持ちがわからないなんて。
でも気持ちを「封じこめる」という作業をしたことはありませんか?
「今、こんな風に思ってしまった自分は、よくない人間なんじゃないだろうか?」とか。
たぶん、知らずに自分を罰していることがありますよね。。。
しかし、それをしているのは「本当の自分」なのでしょうか??

それにしても「気持ち」と連動する呼吸の乱れ、また「呼吸」の乱れが血流さえ変えてしまっているような身体の変化に、時々ゾッとします。
ストレスとは、このようにして知らぬ間に蓄積してゆくものなのかと思います。

昨日「A2-B-C」という映画を観ました。
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昨年から観たかった映画です。
観たいというより「観なければならない」と言う方が合っているかしら。
断片的に、ネットに上がっていた動画を観ていたし、この3年の間、自分なりに想像を膨らませていたから、かなりの覚悟をもっていたつもりです。
が、冒頭からずっと息苦しくて呼吸が乱れました。
呼吸を整えようと深呼吸をすれば、吐く息の時に涙が出るの繰り返し。
それは生身の子どもの姿。子どもの生の声。そこから発せられるありえない「言葉」の数々でした。
そこにいるお母さんたちは、とても冷静にすべてを見つめていました。

ところで、わたしの子どもは、二人とも通院しなければならない病と障害を抱えています。
子どもの身体のことについて詳しくなってゆく過程を振り返ると
「自分はこんなに勉強ができたのか。」と思えるほどの集中力だし(言い過ぎ)、なんといっても
「勘」が働くものなのです。これは数値に表されるような理屈ではないのです。
しかし、映画の中で、お母さん達の「勘」を踏みにじるような”対応”があからさまになっています。
原発事故直後、これについてはネット内でもお母さんを蔑むような言葉を目にしました。
(その中には、残念ながら政治に携わる方もいらっしゃいました。)
「子どもを守りたい」
という当たり前のことが困難であるなんて。
映画では、その土地ならではの「人間関係」というものへの示唆もあります。
これはどこにいても、わたし達が直面する一番の問題なのかもしれませんが。

「放射能」という言葉を使わないようにする空気もあります。
「原発」という言葉を入れただけで、ネットから削除されるという噂も聞いたことがあります。
どうしてなのでしょう?
もちろん、わたしも肌で感じてはいます。

わたしはそんな「空気」を感じることこそが一番恐ろしいと思います。
「いい」「悪い」をジャッジしているのは誰ですか?
また、そんな「空気」だと捉え、感じているのは誰ですか?

こうして書いてきて、わたしが映画の上映中ずっと苦しかった理由がわかりました。

「この空気」です。

今、起こっていることはなんですか?

ただ、それだけなんです。
それだけのことに、どうしてこんなにも困難が付きまとうのでしょうか。

この映画のタイトル、「A2」「B」「C」は、甲状腺に発生した嚢胞(のうほう)や結節(しこり)の大きさに応じた検査の判定結果のことを言います。
聞きなれず難しいですが、監督があえてこのタイトルにしたのかがわかるような気がします。
ただの「観察記録」だからなのだと思います。
しかし、その観察記録ににじみ出る監督の「人間」への愛が感じられます。
原発事故に目を伏せて、ひたすら応援するような薄っぺらい愛ではなく、もっと深い愛です。
また、このような事故がなければ、ふつうのお母さんが「A2」「B」「C」などという専門的な言葉には一生触れなくてよかったはずです。
そんな皮肉めいたことも、感じました。

ところで、観察ということが「科学者」の定義なのだとしたら、ここに出演する母親はみな科学者です。
冒頭に出てきた学者の方よりも科学者でした。
けれど、苦しいですよね。
それを「報告」すらできない「空気」なのですから。
これは日本に限った話ではないようです。
ある漫画家さんについて大騒ぎしている大人たちのことを子どもはどう思うのでしょうか?
ただ「報告」をしただけで、こんな状況になることについてどう思うのでしょうか?
本当にみっともないことだ思います。

ヨガの話に戻りますが、ヨガにはチャクラというものがあります。
チャクラの数は会陰から脊柱を通り頭頂部までの7個。
それぞれが掌るといわれるものを、下からざっとあげてみます。
生存~願望~意思~愛~自己表現~智恵~高い意識(霊性)
甲状腺の部分(喉)は、自己表現にあたります。
子ども達が、どうか、自分たちの表現を失うことのないように、
また、子ども達が自由に自分を表現できる未来であることを祈ります。

祈る。
は、わたしの中で意識です。

穏やかな呼吸を続けることが出来るように、意識しながら...

マットを離れても、ヨガってできるんですよ♪
簡単でしょ?
この世の中を、複雑かつ窮屈にしているのは、わたし達自身なのかもしれないですね。。。
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# by normalin | 2014-05-11 17:31 | YOGA

悲しむということ  ~映画 「朝日のあたる家」~

わたしは10年ほど前に両親を相次いで亡くしました。
あまりにも悲しい出来事であったはずなのに、なぜか想像をしていた程泣けなかったのです。
きっとまだ緊張が続いているのだ、疲れているのだと自己分析しながらも、
次第に 、このままでは精神的に参ってしまうのではないかという不安感に襲われ、
もともと興味を持っていた精神世界へ足を踏み入れていきました。
それがヨガでした。
学んでゆくにつれ、明るい光を求め始めたのですが、
どん底に突き落とされるような感覚に何度も陥りました。
その辺りだと思います。
両親が本当にこの世にいないのだと思えるようになったのは。
「あぁ、話したいなぁ」と思っては、胃の辺りがキュっとなる苦しい淋しさを味わえるようになったのは...
そして、やっと両親への感謝の気持ちがわいてきたのです。
光を探すには暗闇が必要だと知りました。
わたしは両親の死を受け入れてはいなかったから、泣くことができなかったのです。
当たり前のことをもっともらしく書いていて、なんとも滑稽ですが、
悲しみを、ありのまま受け入れるということほど、私たちが不得意としているものはないかもしれないと
原発事故以降は特に実感しています。それは今も継続中ですが...

もともとチェルノブイリ原発事故に恐怖を抱いた青春時代があったので
それがこの日本で起こったことを知った瞬間は、頭が真っ白になりました。
しかし、周囲はまるでのんきに過ごしているようにみえ、
「テレビでそんなに言ってないから、大丈夫なんでしょ?」という反応を聞く度に
得体のしれない恐怖がわいてきて、孤独感を募らせる毎日でした。
それからは周囲の方が、わたしを遠巻きにするほど様々な情報を得ることに必死になっていました。
つのりゆく政府の対応への不信感、この世の中の、世界の原発構造への憤り、、、

そして、、、もちろん、福島の方々への想像をできる限りめぐらせてきたつもりです。



しかし、それは甘かった。



映画「朝日のあたる家」の冒頭から、わたしは終始泣き通しでした。
こんなに泣いたことはないです。
様々な種類の涙でした。

実はわたしは「泣ける映画」と謳った映画には全く興味がありません。
それほど「泣かされる」ことが嫌いなのです。
この映画は、泣かそうと工夫された場面はおそらくどこにもないのです。
ただただ淡々と、原発事故のあの日から起こった出来事が描かれているだけですから。
しかし、わたしは涙が止まりませんでした。
そしてそれは想像をしてもしきれない、私たちが味わったことのない
全く違った種類の「悲しみ」だと感じました。



この国は、いったいどこへ行こうとしているのだろうと思います。


「悲しみ」を置き去りにして。



光が暗闇の中でしか見いだせないとしたら、
私たちは、まず、この暗闇を見つめなければならないと思います。
きちんと悲しむことをしなければ、先へ進めないと思うのです。
いや、進んではいけないと思います。

映画冒頭に映し出された富士山に、わたしは突然涙が溢れました。
その切ないほど優雅で美しい姿に、心の底から申し訳ない気持ちになりました。
そして、なぜか「さようなら」という言葉が浮かびました。

日本語の「さようなら」は、
「さようであるならば」(そうならなければならないならば)というのが語源といいます。
これまでの状況を受けとめ、総括して次に移ってゆく。。。
悲しみ、そして「さようなら」と別れ、次に移る工程をきちんとこなすことが
未来の人々への思いやりだと思うのです。

今までの日本ではないのです。
けれど「さようであるならば」
私たちは、次の段階に進まなければなりません。

きちんと悲しんだ後で。
たくさん、泣いた後で。
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※わたしは縁あって、この映画を微力ながら応援させていただいています。
 太田監督の対談が上映前後に催されていますが、
 ここに、作家山川健一さんとの対談をアップしたものを張らせていただきます。
 とても深いお話です。
 



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# by normalin | 2013-11-04 00:46 | MOVIES