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屋良朝博さんの講義文字おこし~標的の村上映会にて~③

つづきです。

「それでは、沖縄にどんな部隊が残ったかというと、次の図を参照してください。
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31MEUを支援する後方支援部隊が残ります。
長崎県の佐世保にいる船は、ミニ空母でオスプレイやヘリ、戦闘機を搭載することができます。それに地上部隊が乗って遠征しにゆきます。海兵隊はアジア太平洋地域でどんなことをやっていくのか、というと、パトロールをしているわけです。そして、31MEUは海外に出て具体的に何をしているのかというと
次の写真をご覧ください。
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これは、沖縄の海兵隊です。彼らが持っているのはマシンガンじゃないんですよ。彼らが持っているのは兵器ではなくてスコップなんですね。何をやっているのか?彼らは人道支援活動、災害救援活動を一生懸命やっています。冷戦が終わった後、彼らの仕事の大きなウエイトを占めるようになりました。
東日本大震災の時のトモダチ作戦、これもそのひとつです。
この写真はフィリピンの山奥にある小学校の校舎が雨が降る度に水浸しになるので、生コンを入れてレベル・アップしていると、そういったボランティア活動ですね。他には児童施設の子ども達と遊ぶこともしている。
これらを”テロとの戦い”と彼らは言ってます。なぜ、これがテロとの戦いなのか、わかりますか?
あの世界最強のアメリカ軍をもってしても、テロの前ではバタバタアメリカ兵が死んでゆくじゃないですか。
どんな強固な最新兵器をもってしても、どんな大きな空母を持ってきてもテロとどうやって戦うかという答えは確立されていないのです。彼らが一生懸命これをやっている理由は、テロが生まれそうな所...都市部ではなく、まずは偏狭な地域で組織を作って、訓練をし、地域の若いお兄さん達をスカウトして、隊員を増やし、そしてゲリラ化して力がついた時に、都市部に攻めてゆくという動きになるわけです。こういった一連の流れをストップさせる...もとから絶とうという措置を海兵隊はとっているわけですね。
アジア地域では、最近大きな地震や大きな津波が発生しています。去年はフィリピンで大きな台風による災害が起きました。そういう時も海兵隊がいの一番に駆けつけて、救援活動をしていると。フィリピン軍ともそういった活動をする。この訓練はインドネシアやマレーシアなどの国々とも行っています。
驚いたのは、去年フィリピンで中国軍が招待されたんですね。人道支援と災害復旧に対する演習です。中国軍が将校を派遣して、国際協力をどうやってやるかという地上演習をしたと。
中国とフィリピンといえば、南沙諸島の領有権問題で対立してますよね。しかし、それとこれとは別だということがここで実現されています。
こういう感じで、アメリカは海兵隊を使ってアジア太平洋地域の安全保障のネットワークを広げて中国も巻き込んで固めていこうと一生懸命です。

こういったアメリカの動きと、今、安倍首相がやろうしていることは逆行していませんか?

僕は逆行してると思うのです。
アメリカは、地道に作り上げている安全保障のネットワークで、いかに中国を国際社会に引き込もうかと、日々活動しています。
そういった中で、安倍首相は、勇ましいことを言ってます。
『集団的自衛権を行使しなければ、アメリカが協力的ではなくなって、日米同盟が弱まり、中国が台頭しやすくなって...』というロジックで語られますが、僕は逆だと思っていて、
海兵隊の動きを見ているとむしろ、もっとナイーブなことをやっていると。

アメリカとアジアのねっとワークを地道に積み上げているのが沖縄にいる海兵隊の役割だととらえています。

つづく。
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by normalin | 2014-06-29 14:16 | 社会

映画「標的の村」を観て。

子どもがまだ赤ん坊の頃に知り合ったママ友達がいました。
彼女は台湾の方で、ご主人は沖縄出身でした。
彼女の日本語が聞き取りにくいと、いわゆる公園ママ達は遠巻きにしていたのですが
わたしは、会話になんの飾り気もない彼女と話している方がリラックスできたので、
そのうち彼女から電話もかかってくるような仲になりました。
ちなみにママ達が遠巻きにする場合は「子どもごと」なんですよ。
そんな風に「差別」なんて日常どこにでもゴロゴロしているもんですよね。

彼女はよく
「沖縄はね、台湾とソックリなの。夫の実家に行った時、安心した。食べ物も、人の雰囲気もそっくりなんだよ。」と、話してました。
わたしは、彼女の明るい強さが好きでした。
もちろん、避けられていることも知っていたと思うし、彼女がそのうち公園でわたしと話さないようにしていたのもわたしへの気遣いだったのだろうと思うけれど、わたしはそこには触れなかったし、触れないでほしいという信号を彼女から受け取っているような気がしていました。
けれど、それは果たして正解だったの?と思うことがありますが...
今、どうしているんだろう?
元気かな。

ところで、わたしは、訪れたことのない南国沖縄を飛び超え、タイのバンコクで暮らしたことがあります。
夫の転勤で幼い子ども2人を文字通り両腕に抱えながら飛びました。
会社の奥様会というものが存在していて、まだ1歳半だった息子を食事会に連れて行ってしまい
子どもはメイドさんに預けるものだという常識を「嫌味」と共に学んだわけですが
実はそれも他の会社の奥様から後で教えてもらったわけです。
わたしは「嫌味」もわからないほど若かったわけで、いや、なんというバカかと自分を情けなく思う日々でした。
「子どもは自分の手で育てたい」という小さいけれど、大切にしていた信念はとりあえず脇におき、
言葉も通じないメイドさんを雇い、わたしのバンコク生活も軌道にのったかと思われたのですが、、、
なんと、実はいじめを受けていたのです(笑)。

それも自分では気づいておらず、わざわざ電話でお知らせしてくださった方により
「あぁ、そうか、どうりで変だと思った。」とやっと気づく始末。
こんなに鈍感なわたしでも、思い当たる節はありました。
いじめのドンの言うことをきかなかったことがあったからです。
これは自分の信念に基づく行動だったので、まったく後悔しておらず、むしろそれでよかったと思っていました。
しかし、わたしへのいじめに対して教えてくださった方は
「かわいそう」だと、電話口でさめざめ泣いてくださるのです。
それをわたしがなぐさめるという妙な展開に。
わたしがショックを受けていないので、その方は次第に「強い人ですね」とムッとする始末。
もうどうしたらいいのやらと、その後高熱が出てしまった、まだ若くて可愛いわたしでした(笑)。
電話で知らせてくださった方には大変申し訳ないですが、
これも、茶番劇だとしたらすごいことだなぁと、何度も思いました(笑)。

この一件で、自分のコミュニケーション能力の無さを思い知ると同時に、そんな”いぢわるな能力”はいらないし、自分が嫌だと思ったことはやらない方がいいという当たり前の決意を新たにしました。
台湾の彼女の”明るさ”に触れたことも、大きな力になったと思います。。。

ただ、騙されないようにするにはどうしたらいいのか?
ということについては、ずっと頭の片隅にありました。
それが今、まさに日々の様々な「知る」という行為の中で息づいてきています。

沖縄基地問題もそうです。
ここへきて、遅まきながら沖縄は日本のすべてが凝縮されているのだと思うようになりました。



標的の村」の中で、わたしは沖縄の人々の唄があまりにもステキで思わず涙があふれました。
その細胞までもが震えるような、柔らかくて迫力ある踊りに強さをもらいました。
屈しない精神とは、何も眉間にシワを寄せることではなく、歌い、踊り、生きることなんだと思いました。
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さて、この上映後、屋良朝博さんの講義がありました。
沖縄の真実を追いかけてきた方の、客観性のある講義はもっと聞いていたいほど面白かったです。
ツイキャスで配信もしたのですが、手作りの素晴らしい資料もいただいているので、
文字起こしをして、この後のブログにアップしたいと思います。
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by normalin | 2014-06-22 13:51 | MOVIES